「知ることにより変わる・変えられる」を理念に国内外の良質な映画を毎⽉お届け
MOVIE- 知ることにより変わる・変えられる-
「知ることにより変わる・変えられる」を理念に国内外の良質な映画を毎⽉お届け
SNS、未曾有の⻑寿社会、家⽗⻑制や終⾝雇⽤制度の崩壊、多様なジェンダー・アイデンティティやセクシュアリティの可視化、顕著になったリプロダクティブ・ヘルス/ライツの貧困、そして、新型コロナウィルス……現代は前例のないことだらけ、ロールモデル不在の時代です。だからこそ、私達は⾃分のいる社会や世界をもっとよく知ることで、新しい⽣き⽅をデザインしていけるのではないでしょうか。「知ることにより変わる・変えられる」を理念に国内外の良質な 映画を毎⽉お届けしていきたいと思います。
『キリクと魔女』(1998年)で、フランス・アニメーションの世界を一躍世界に知らしめたミシェル・オスロ監督。古典的な影絵や切り絵の技術をアニメーションと融合させて、驚くほど複雑で色彩豊かな世界を創り出す、五感を刺激する映像の饗宴である。オスロ監督の作品には、自己発見とエンパワーメントの旅に出る強い女性キャラクターが登場することが多く、世界中の多様な文化や神話を探求している。
7月21日に公開される『古の王子と3つの花』は、古代エジプト、中世フランス、18世紀のイスタンブールという3つの異なる国と時代を舞台に、3人の王子を通して文化や伝統の豊かさと美しさ、そして人間の創造力と精神力を讃えた、わくわくするアニメに仕上がっている。来日したミシェル・オスロ監督に取材することができたので、新作に込めた思いから故・高畑勲監督の思い出まで話を聞いた。
第1話『ファラオ』
およそ3000年前、現代のアフリカ・スーダンにあったクシュ王国。王子タヌエカマニは絶世の美女ナサルサと密かに愛し合う。しかし摂政の地位を手放したくないナサルサの母は、エジプトを統合しファラオにならなければ、彼との結婚を認めないと通告する。王子は、エジプト征服のため神々に祈り、祝福されながら戦わずして国々を降伏させていく。
第2話『美しき野生児』
オーヴェルニュの城に暮らす領主の父に邪魔者にされた幼き王子は、地下牢にとらわれた囚人と言葉をかわすようになる。娘に会えない寂しさを語る彼に次第に深い同情の念を抱いていく。ある日、王子は脱獄に手を貸す。囚人を逃がしたことを正直に告白すると、冷酷な父親は彼を処刑するよう部下に命じる。家臣は彼を森の奥に連れていく。
第3話『バラの王女と揚げ菓子の王子』
18世紀、モロッコの王宮を謀反人に追われた王子は、美しい肖像画で目にしたバラの王女の国へと逃げ込む。揚げ菓子屋に雇われた王子はある日、店の前を通りがかった大宰相に王宮に揚げ菓子を届けるよう命じられる。ブルガリアのヨーグルト、アラビアのデーツ、コリントの干しぶどう、食べる宝石ロクムなど世界中の様々な美味しいものが売られる市場を通って王宮へ。特別な味を気に入った王女に毎日揚げ菓子を届けるようになる。
――3つの時代を3つの場所で語る、接点のないストーリーをなぜ作ろうと思ったのですか?
ミシェル・オスロ監督(以下、オスロ監督):映画は必ずしも長編である必要がないと思っています。実際に、「あと40分短かったらな」と思う映画って結構ありますよね? あの3つの話は偶然が重なって出来上がったものです。第1話「ファラオ」は2022年夏にルーヴル美術館で開かれた「二つの土地のファラオ:ナパタ王家の叙事詩」展のために制作されました。
第2話「美しき野生児」はフランスの作家アンリ・プーラが集めた、オーヴェルニュを舞台にした民話に、第3話「バラの王女と揚げ菓子の王子」は千夜一夜物語にインスパイアされて自由に創作したものです。
3つの物語をそれぞれ、どれぐらいの長さになるかを決めないまま、物語自身が長さを決めていったという感じですね。無理やり短くしたり長めにしたりなどの調整はしませんでした
。
――3つの物語のアニメーションの手法がそれぞれ異なります。第1話の古代エジプトの物語は、顔は横顔で胴体は正面というエジプトのフレスコ画を彷彿させます。
オスロ監督:実はエジプトのフレスコ画のなかには、正面からの描写もあるんですよ。この物語では、2Dの絵、多関節のパペット、デジタル技術を使用してエジプト絵画のような表現をしましたが、ストーリーをよりよく伝えるために、顔や体の角度をより自由にしてアニメーションにましたし。
――色と形で見せる古代エジプトの絵画のようなアニメーションがユニークでした。ルーヴル美術館からの制作依頼だったそうですが、美術館でも相当リサーチされたのでしょうね。
オスロ監督:はい。エジプト文化にはもともと魅了されていましたが、制作するにあたり、様々な文献を読みました。最初は、古代エジプト女性の乳房を隠したイラストにしていました。なぜなら、『キリクと魔女』から『ディリリとパリの時間旅行』まで、歴史に忠実に沿ってアフリカの女性の乳房を描いてきましたが、一部の人から批判を受けていたんです。すると、ルーヴル美術館の古代エジプト美術部門長ヴァンサン・ロンドに「それはやめてください。エジプトではみんな胸を出していたのですから!」と言われて、胸を隠さなければいけないという呪縛から解き放たれました。そういった歴史的事実はすべて、ヴァンサン・ロンドとそのチームがチェックし、承認を得ています。
――第2話は打って変わって、中世フランスの“暗さ”が影絵で表現されていました。
オスロ監督:芸術的なアプローチとして、黒いシルエットがエレガントで非常に気に入りました。物語の陰鬱な部分や中世の雰囲気にも見事にマッチしましたね。第2話にはダークな側面もありますが、地下牢にとらわれた囚人と王子の“友情”の物語です。
――そうですね、すべてがとても優しい物語です。第3話は豪華絢爛なイスタンブールを鮮やかな色彩を使って表現しています。トルコの伝統菓子が出てきて、第1話と2話にはない、センシュアルな雰囲気の物語でした。
オスロ監督:第3話は非常にロマンチックで官能的ですよね。時間をかけて恋に落ちるロマンスもひとつの恋愛の形だということを若い世代に見せるのもよいかな、と思いました。バラの王女は王子と出会ったときに、「会いたい」と自分の欲望をオープンに伝えますよね。王女はバラのゼリー、王子は揚げ菓子と、お互いに自分の作った料理を食べさせあう。ここには男女平等の思いが込められています。そして、バラの王女は王子につけてもらう装飾品ではなくて、自分が好きな装飾品を選ぶ。女性の主体性も盛り込みたかったんです。とにかく、イスタンブールのバザールでは本当にいろいろな素晴らしいものがあり、愛と美食の物語を描くのは楽しかった。官能は人生の楽しみですから。
2023.7.21UP