「知ることにより変わる・変えられる」を理念に国内外の良質な映画を毎⽉お届け
MOVIE- 知ることにより変わる・変えられる-
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SNS、未曾有の⻑寿社会、家⽗⻑制や終⾝雇⽤制度の崩壊、多様なジェンダー・アイデンティティやセクシュアリティの可視化、顕著になったリプロダクティブ・ヘルス/ライツの貧困、そして、新型コロナウィルス……現代は前例のないことだらけ、ロールモデル不在の時代です。だからこそ、私達は⾃分のいる社会や世界をもっとよく知ることで、新しい⽣き⽅をデザインしていけるのではないでしょうか。「知ることにより変わる・変えられる」を理念に国内外の良質な 映画を毎⽉お届けしていきたいと思います。
4月21日(金)に公開される『午前4時にパリの夜は明ける』は前作『アマンダと僕』(2018)がヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門受賞、東京国際映画祭でグランプリと最優秀脚本賞のW受賞の快挙を成し遂げた、フランス映画界の次世代を担うミカエル・アース監督の最新作だ。テロで両親を亡くした女の子と若い叔父の物語『アマンダと僕』に続き、恋人や姉の死から再生する2人の男女を描いた『サマーフィーリング』(2019)と、”喪失”を抱えて生きる人々を常に映し出してきた監督。
シャルロット・ゲンズブールが乳がんサバイバーのシングルマザーを演じて絶賛された本作にも、このテーマが通底している。昨年12月に開催されたフランス映画祭で来日したミカエル・アース監督に、『午前4時にパリの夜は明ける』について取材していたので、みなさんとシェアしよう。
1981年、パリ。街は選挙の祝賀ムードに包まれ、希望と変革の雰囲気であふれていた。そんな中、エリザベートの結婚生活は終わりを迎える。ひとりで子供たちを養うことになったエリザベートは、深夜放送のラジオ番組の仕事に就くことに。そこで出会った家出少女のタルラを自宅へ招き入れ、交流を重ねるなかでエリザベートやその子どもたちの心に変化が訪れる――。夫との別れ、芽生えた恋、子供たちの成長、そして下した決断とは……。
ーー監督は日常の”瞬間”をとても美しく描きます。人生は一瞬一瞬が繋がったもので、つらいときもあれば幸せなときもある、と改めて思いました。
ミカエル・アース(以下、アース監督):ありがとうございます。自分の感性の命じるままに、主観的な映画を撮っています。おっしゃるとおり、人生も映画も小さな瞬間の積み重ね。人生には起承転結があり、”クライマックス”があると思われがちですが、そうではないと思うんです。だから映画も、クライマックスを演出するのではなく、なにげない瞬間をできるだけ美しく撮ることに集中しました。
ーー80年代のミッテラン大統領就任時の記録映像、16ミリフィルム、デジタルと本作は様々な種類のメディアが使われています。
アース監督:16ミリフィルムのあらい粒子は人間の”もろさ”を表現するには最適で、私が大好きなフィルムの種類。デジタルカメラだけ使用すると冷たい仕上がりになるので、16ミリフィルムを使い、80年代のアーカイブ映像を入れることで当時の雰囲気をリアルに出せたと思います。80年代のきらきらした派手なカルチャーをそのままで再現してしまうと、非常に作為的で人工的に見えてしまいますから。
-ーミッテラン大統領就任のアーカイブ映像を入れたのはなぜでしょう?ミッテラン大統領は1981年から1995年まで2期にわたってフランス大統領を務め、20世紀後半のフランス政治に大きな影響を与えた人物です。高齢者最低年金の創設、週35時間労働制の導入、医療保障の拡大など、社会福祉の充実を目指した数々の重要な改革を実施しましたよね。
アース監督:エリザベートのバックグランドが分かるようにあのアーカイブ映像を入れました。彼女が夫に捨てられた当時は今日のフランスとは全く違う80年代初期で、新しい時代が始まる希望は社会に満ち溢れていました。そういったフランスの社会心理をセリフではなく、映像で語りたかったんです。
映像にはとても強い”語りの力”があると思います。映画の冒頭は歓喜のシーンからエリザベートの夫が急に去ってしまうシーンへと移りますよね。歓喜と喪失の相反する感情を意図的に並べて、その後、彼女が喪失からどのように家族や他人と親密な関係を築いていったかという成長を際立たせたいと思いました。
ーーなるほど。監督は家族の関係性を常に描いていらっしゃいますが、なぜでしょう?
アース監督:デジタル時代へと移行するにあたり、人と人との絆が失われつつあると多くの人が感じているように思います。そのなかで、家族というのは最後の砦だと思うんですよね。まだ、かろうじて崩れずに残っているのが”家族”。だから、私は家族について映画を作るのでしょう。
ーーなぜ監督は人間の”もろさ”を描くのでしょうか?
アース監督:私の映画の登場人物は皆、壊れやすい面を持っています。それを美しく表現することで、人々が孤独の中でも理解され、優しくされていると感じられるようにしたい。それが私の映画を観るときの楽しみなんです。
ーー多くの映画で中年女性は母親として描かれる以外、”見えない”存在です。なぜ、監督は中年女性を主人公にしたのですか?
アース監督:ずっと昔からこの世代の女性、とりわけ夫と別れた女性を描きたいと思っていました。夫と別れても悲劇にならない女性の物語を作りたかったんです。もちろん、エリザベートも乳がんを克服した後に夫に去られてつらい思いをしますが、そこから力強く美しく再生します。理由は分からないですが、女性の力強さに私は惹かれています。
ーー映画にはもう2人、重要な女性が登場します。ひとり目は、エリザベートが引き取る、半分ホームレスのような薬物中毒の少女タルラ。そしてタルラが憧れるパスカル・オジェ。オジェは、1980年代のフランス映画界に大きな影響を与えたフランスの女優で、「シネマ・デュ・ルック」運動の中心人物でした。この運動は、伝統的な映画制作のアプローチに対抗して、スタイル、デザイン、美学を重視した映画作りで知られています。オジェは自発性や即興性のある自然な絵演技で知られています。
アース監督:タルラを演じたノエー・アビタに会ったときに、80年代を象徴するパスカル・オジェを思い出しました。オジェは、エリック・ロメールの『満月の夜』(1984)に出演した後、25歳の若さで心臓発作を起こして亡くなってしまい、フランスの若い人の間でもあまり知られていないんです。オジェの破滅的な運命もまたタルラのキャラクターと共鳴するので、直感的に彼女が出演したエリック・ロメールの『満月の夜』(1984)やジャック・リヴェット監督の『北の橋』(1981)をオマージュとして映画に挿入しました。
ーー80年代を象徴すると言えば、エリザベートの上司役を演じたエマニュアル・ベアールもそうですよね。性格がキツく、エリザベートを泣かしてしまうヴァンダのキャラクターもまた、悲しみを克服する強い力のシンボルなのでは? 男装に”強く生きる”という決意が表れているように思いました。
アース監督:男装はスタイリストと一緒に直感的に選びました。実は、エマニュエルはあの衣装を着るまで自分がどんなふうにヴァンダを演じたらよいか迷いがあったそうなんです。でも、男装した途端、迷いが晴れたと聞きました。ヴァンダは物語のわき役であるものの、複雑な感情が入り混じった非常に難しい役どころです。あの衣装がエマニュエルから自然な演技を引き出せたので、やはり衣装は重要ですね。
――エリザベートと息子のマチアスがそれぞれ違う行動をとりながらも、それがシンクロするシーンがあるのはなぜですか?
アース監督:登場人物の間にシンクロニシティを作り出すことで、親密さと感情的な共鳴を生み出すと思いました。人生の暗闇や悲劇の瞬間であっても、私たちはつながれるのではないでしょうか。
2023.4.21 UP